はじめに

 

 

 

あわ居はお部屋やお食事などをご用意して、みなさんにご宿泊いただく場所なので、宿泊をする施設であることは間違いないのですが、実際に来られた方は、「いわゆる宿や民宿ではないですね」と口々におっしゃいます。

 

その人がその人らしくいられる時間、よろいを脱ぐような時間、普段は蓋をしているものを開けられるような居場所。そうしたものを作りたいと考えた結果、わたしたちの「家」を開いて、1日1組様のみご宿泊できるスペースを設け、宿や民宿のように映る今の形態での運営に至りました。ですので、わたしたちに一般的な意味での宿や民宿を営んでいるという感覚は正直に申してあまりないのかもしれません。

 

空間、静寂、お食事、睡眠、器、花、ギャラリー、掛け軸、お風呂・・・。あわ居でのご宿泊を構成する要素は様々ですが、これらの要素はあくまでも「手段」であり「道具」だと私たちは考えています。 あわ居のご宿泊において、ご体感頂きたいのは、それらの要素が相まって醸しだされてくる、場の雰囲気、宿主とお客さんとのコミュニケーションの深まり、精神的な交流、心身のくつろぎ、またそれらを含む「時間それ自体」です。そこに、「その人らしくいられる時間」や「居場所」があるのではないかと私たちは考えています。

 

是非色々お話しをしましょう。思いのままにお話しください。あわ居では、お食事中に話し込むことも多いですし、ふざけた話もすれば、身の上話になる時もあります。熱い議論が展開されることもあります。沈黙もあります。 勿論、放っておいて欲しいサインには敏感にちゃんと反応致します。礼節もそれなりにわきまえているつもりです。

  

今までのお客さんの様子を拝見していると、あわ居に「居る」ことで、日常から離れて、我にたちかえったり、気持ちを落ち着けたり、心がほぐれて話が止まらなくなったり。これまで見るのを避けていたご自身の内面と向き合われたり。悩みがポンと解決の方向に走り出したり。ただ単純に、ここに「居る」ことが楽しいとおっしゃられる方も多く見えます。そういった心の動きが起きやすい場なのだろうということは確かな気がしています。

 

おそらくですが、あわ居に「居る」際には、寝る、食べる、話す、聴く、息をするなど、日常でもしているはずのあらゆる行為が、いつもとはちょっとだけ違うものになる、少しだけ深いものになる、そのことに心やからだが悦びを覚える、そこから何かが動いたり、ことばが蠢いたりする。そんな作用や効用が、あわ居にはあるのかもしれません。しかしこれはあくまでも仮設ですので、やっぱり違っているかもしれません。

 

宿泊をする施設なのに、宿でも民宿でもないあわ居。わたしたちの家でもあるあわ居。こんな曖昧な場所ですが、もしよろしければ、是非、泊まりにいらしてください。

 


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