体験者インタビュー集
■航・・・航さん
■唯・・・唯さん
-お二人に「ことばが生まれる場所」にご参加いただいてから約二年が経ちます。まずはご来訪いただいた当時の背景や状況、動機などについてお話しいただけますか。
■航:
当時は僕が陸前高田での仕事や活動を一区切りしたというタイミングで、まずは旅に行きたいというところがありました。それでずっと気になりつつも、会えていなかった石徹白在住の知人のところに行こうと思い、連絡をとったところ、あわ居をおすすめされました。
あの時は、これからの暮らし方がすごく不透明でした。何を仕事にしていくんだろうとか、どこで暮らすんだろうとか……でも僕はそもそもそういうことを決める以前に、フォルケホイスコーレ(デンマークの教育機関)に行こうとしていて……。とりあえず陸前高田を出て、デンマークに行くことまでは決まったけれど、「その後、これからどうする?」というところに関して、僕たち二人の間で話し切れていないことや、話しているけれど、埒があかないことがたくさんありました。二人としてどう暮らしていくのか、という基盤もなく……だから、二人だけの閉じた対話じゃなく、第三者に言葉だったり視点をもらうというのは、とても有意義な気がするということを思って、信頼する人から勧めてもらった、あわ居の「ことばが生まれる場所」に参加するのが良いんじゃないか、と思い来ることを決めました。
-特に印象的だった場面などはありますか?
■航:
あの時の石徹白集落は、4月でまだ寒くて、雪も残っていて、でも水がたくさん流れていて……その景色の中を歩きながら、「あわ居ってどんなところなんだろう」と考えていたんですが、館内に入った時に立ち現われてきた雰囲気が……なんていうんですかね。少し的確ではないかもしれないですが、ある種の教会のような感じというか、お寺とも言えるかもしれないですけど。どちらかというと質素で、でも神聖な空間であるように自分には思えて。ある種のスピリチュアリティを高めてくれるような……あわ居に入った時のあの「わぁー…」っていう景色はすごく鮮明に覚えていますね。
それで、館内に入って、「はじめまして」というところから、僕が崇さんのことについて少し聞こうとした時に、「僕の話はまぁいいんで」と返されて(笑)。そこからこう、ぐっと対話が始まり深まっていったあの感じはすごい覚えていますね。
■唯
私も、景色のことはすごく思いだされますね。ポツンと異世界感があって、違う世界に入った感じがしました。無駄なものがない、神聖な静かな空気感というか……落ち着けそうだなって思ったことを覚えています。
そもそも、「対話を促してくれる宿」がはじめてだったので「こんな素敵な場があるんだ」っていうのと……あとは、崇さんが真剣に一緒に考えてくださったというか。静かに穏やかに、深く対話が進んでいった感じを覚えています。あと、お料理が美味しかったですね。お料理をいただきながら、ゆっくり深く潜っていけるのが新鮮だったし……自分の等身大から生の声が出てくる感覚がありました。当時の日記には「見えていなかったものに目を凝らし、解像度を上げてもらい、見えてなかった視点をそっと置いてもらうような鮮烈な時間だった」と書いてましたね。
-たしかあわ居に戻られてから頂いたメールの中でも、生の声とか、感情がわかちあえたということを書いていただきましたよね。
■航:そうですね。あわ居ではいろいろな話をしたし、いろんな問いがありました。過去のそれぞれの原体験や、深く関わってきた活動の話をして、「航は、人から助けてもらわないと生きられなかった人生、唯は、長い間一人強くあらねばと思ってきたけれど、本当に瀬戸際で人から救ってもらった人生」だったのではないかと話してもらったことも強く印象に残っています。
あとは、シェアハウスに住むのかとか、田舎に住むのか、都会に住むのかとか……でも、そういうこと以前に、まずは大前提として僕が「デンマークに行っちゃうのが寂しい」みたいな感情の話に最後の方はなりましたよね。
■唯:いろいろ話をしながら、初日の夜は物事をどう進めていくかの話をしていたと思うんですが、それ以前に、当時は自分の心が追いついていなかったなぁと思います。彼がデンマークに行くことを応援しないとという立場で、葛藤もあって、未来の話を進めないとっていう……。
そんな中で、二日目のほんとに帰り際なんですけど、美佳子さんに「二人はすごくいい関係だね」みたいなことを言ってもらったタイミングがあったんです。「尊重し合えてて、いいね」みたいな。「いや、でも彼の前だと全然わがままですよ」って話したら、美佳子さんが航に、「それはもう甘えてる証拠だから許してあげてね」って言って。
その流れで、「デンマークに行くから離れちゃうんですよね」って話したら「離れちゃうの?それは寂しいね......。でも感情はごまかさなくていいんだよ」って、力強い眼差しで、涙をこぼしてくれて。美佳子さんのその姿を見たとき、自分の中で力んでいた何かが崩れて、ああ、本当はすごく寂しいんだな、と気づきました。
半年間離れる人は周りにいなかった中で、美佳子さんと崇さんはモロッコと日本で離れていた時期がある。「私たちは文通してたよ」とか、「頑張ってコミュニケーションをとってたよ」って話を聞いて、多くを語らなくても伝わってる、伝わってくると感じられたというか。
もう決まってることに対して寂しいって言ったって、より辛くなると思っていたから、「寂しいなんて言っている場合じゃない」って蓋をしている感覚がずっとあったんです。だから、美佳子さんに「寂しいよね」って言われたときに、その蓋が開いちゃって涙が出てきました。
あわ居を出てから知人と話した中では「航は、個人としての人生も、唯との人生も大事にしたいから葛藤しているんだね」って言われて──あわ居で感情を一回外してもらって、そこから話が進んだり、理解ができてきたなと思います。
-なるほど。
■航:なんか自分は「こうしたいんだ」とか、「こうありたいんだ」というところで、 突っ走っちゃうタイプなので。でも自分に対しても、他人に対しても、どちらに対しても誠実でありたいというか……そういう中で(自分がデンマークに行くことは)自分を大事にするのか、唯を大事にするのかというところで、すごく逆向きのものが共存していると自分でも思っていました。
唯を大事にするっていうことは、近くにいることだと思うんですよ、普通は。 なんだけれども、自分はフォルケホイスコーレに行きたい。デンマークに行きたい。これは自分の願いなんですよね。しかもぽっと湧いて出たものとかではない。ここ五年間ぐらいで積み重ねてきたものを、次につなげていくのに、デンマークに行くのが間違いなく必要であるというのが、自分の中で明確にあったんです。でもその選択肢をとると、唯から離れてしまう。つまり、大切にすることができなくなる、という話になってくる。どっちも大事にしたいけど、どうしたらいいんだろう、と。
だからこそ、あの時のあわ居では、いろいろと御託を並べたというか。唯との暮らしを大事にしたいから、そこについての話をたくさんしたんです。でも最終的には、もっと手前の部分だったというか。「今いる、この現時点」に引き戻してもらったというか。そういう感じがありましたね。
-感情が出せたことで、もちろん現実的に航さんがデンマークに行くこと自体は変わらないわけですが、それでも感情が出せて、それをきちんと認識して、それが共有されて……というのが何らか作用として大きかったわけですね。
■航:そうですね。デンマークに留学してる間も、唯とはたくさん話をしたのですが、そのなかで「寂しさを理解しようとしていた自分」と向き合うタイミングがあったんです。
自分がやっていたことは、なんていうのかなあ……「寂しさを理解する」「寂しさを受け取る」っていう行動は、対象とする相手にとってとても距離のある行為で、二人でパートナーシップを築いていくうえで、そういう行為自体がすごく寂しいことだということに、やっと気づいたというか。すごく距離を置いていたんだなと。だから、その寂しさを教えてとか、理解したいとか、受け取りたいとかじゃなく、その物語を教えてほしいという話をしたんですよね。
それで感情の背景にある物語をちゃんと聞いた時に、自分もこれまで、人生の中で他者に自分の感情を理解してもらえなかったことがたくさんあって、それがすごい辛かったんだなということがわかってきた。「航はこういう人間だよね」とか「航はこういうことができないよね」みたいに勝手な見られ方をされたこととか、自分がしたいことをそのように受け取ってもらえなかったこととか。そこでバンバンと切られていくような感じとか。そういうことが辛かったなとか、苦しかったなっていう感覚。それが自分の人生の中にあったんだなぁということがわかってきた。そういう自分を知った時に、自分でも涙が出てきたんですよね。
ーなるほど、唯さんの寂しさに向き合っていくなかで、航さんの中にあった寂しさにも気づいていったというか……。
■航:そうですね。客観的ではなく自分の経験してきたものと重ねていけたときに、すごい悲しいことをしていたんだなって思いましたね。
-少し話を別のところにも移していけたらと思うのですが、当日は航さんと表現や創作について、すごくお話ししたことを覚えています。それに関連して、朝ご飯の前に、あわ居本棟の一番奥のギャラリースペースで、航さんがひとりで執筆されていた場面に遭遇しました。あの光景がとても印象的でした。そのあたりの記憶はいかがですか?
■航:芸術とか創作することに対して、崇さんが熱く言葉をくれたり、言葉を交わしたりしたことはすごく印象に残ってます。当初の崇さんの、「いや、僕の話はいいんです」モードがはずれて、すごくうれしかった記憶がありますね。その中で覚えているのは、慣れ合いについての話です。表現をして、身内とか仲間にチヤホヤされて、「いいよね」と言われて終わらせるのではなく、それをちゃんと社会とか、第三者に出すっていう。そこには意図しない見られ方とか受け取られ方をされることも全然あると思うけど、でもそこにこそ表現することや創作するということの本質があるんじゃないかと。その言葉を崇さんから聞いたときに、自分の中でなんていうのかな…… 火がつくというか。「そうだよな」みたいなことを思って。
結局今もまだ、自分の作品は出来上がってはいないんですけど、でも向き合い続けています。自分にとってのライフワークとして表現や創作を築いていくうえで、それを慣れ合いにしたくないなと、すごくハッとさせられた。それで、翌日の朝にちょっとやろうみたいな感じになって、ギャラリーで執筆をしたんだと思いますね。
-陸前高田ではシェアハウスに住んでいる話もされていましたよね。人との関わりに、自分の居場所とか充実感みたいなものがあり、そこに救われてきた一方で、創作のためにひとりの時間や空間も大事にしたい……という趣旨の話をしましたね。そういう話を聞いた後でもあったから、あの時のギャラリーでの航さんの様子は、ご自身の時間や空間を確保している感じがしたというか……聖域ではないですが、そういうものを作っていくぞっていうところで、ちょっと特異な雰囲気があるように感じたのだと思います。
■航:うれしいです。あの時間はほんとうに豊かな時間だったし状態だったなと思いますね。
■唯:創作とか表現の話は私も印象に残っています。「身近な人からあまりリアクションをもらいすぎない方が良いと思っている。一人で籠もる時間や場所も必要だし、近い人にフィードバックをもらうと肯定されてしまうから」という崇さんの話をが印象に残っています。自分も書いたものを販売していますが、生活をさらけ出すことのこわさみたいなのもあるなぁと。身近な人に読んでもらえる嬉しさもありますし、もっと外に出すことについても考えたなと思います。
ー最後になりますが、ご来訪いただいてから約2年が経った今このタイミングで考えてみて、あわ居での時間はなんであったように思われるか、お二人それぞれにお聞かせいただければと思います。
■航:
僕にとってはあわ居は対話を開いた場だったと思います。一般的には「二人で考えたら?」っていうテーマだったのかもしれないけれど、崇さんと美佳子さんと話し、あとは娘さんがご飯を運んできてくれたりして、二人で閉じこもらない空間で話ができたということが、やっぱり重要だったかなと。「 世界を閉じない二人でいたい」とか「二人ぼっちになりたくない」みたいなことを、あれから言うようにもなってきていて。
世界にはいろんな人がいるし、いろんな人たちと関わって生きていくはずなのに、家族の話はプライベートの話というか、閉じこもったところの話に、どうしてもなりがちじゃないですか。でもそういう世界で、自分は生きていきたくないなってことをすごく思っています。そういうことを考えていくうえで、あわ居は大きなきっかけだったような気がしています。あえてそこを開くからこそ感じられる豊かさとか、そこで出会える視点、考え方を大事にしていきたい。だから、あわ居に行って以降も、友達にシステムコーチングをしてもらったりとか、あえて二人の話を聞いてもらったりみたいなことをしていますね。
対話を開くってことは、すごくハードなことだと思うんです。ハードというか、重たいものですよね。多分重たすぎるから、開くことを躊躇してしまうと思います。でもその重たさに人を巻き込ませてもらうっていう。そうすることの方がなんか豊かなんじゃないかっていうことを感じた時間だったような気がします。
■唯:私にとってのあわ居は立ち止まる場所ですかね。普段は考えなくても済むけど、大事な問いに立ち止まって向き合えた場所だったと思います。感情って置いてけぼりにしても日常は進むけど、そこに時間をかけたからこそ、向きあえたなぁと。あとはなんだろう……あの静謐な場があって、温かい空間とおいしいご飯があって、そこで私達のことを全く知らない崇さんや美佳子さんに私たちの話を聞いてもらったからこそ、客観的な視点というか、 すっごい広いところから見てもらったというか。人生トータルを過去から深堀りして聞いてもらったうえで、そこから俯瞰していろんな視点を場に出してもらえた感じがしてます。
あとはお二人の個人的な視点もやっぱり面白かった。人生経験が全然違う方の視点を交えて対話をし、そこからも考えることができたので、よかったです。パートナーシップの話ってちょっと躊躇しちゃうタイミングもあると思うんです。重すぎて受け取るのが大変かなとか。でもあえてそこをゆだねられる場で話をさせてもらえました。
■航:パートナーシップのセラピーとか、パートナーシップのコーチングみたいなものも世の中にあると思うんですけど、あわ居はそれらとはすごく違ったものだったと思っています。なんていうのかな。初日の感じとかは、崇さんは客体とまでは言わないけれど、「まずは聞かせてください」というところで、たくさん話を聞いてくれたと思うんです。でも二日目の朝は、そこで聞いた話を踏まえたうえで、バーって、アートの話を含めてしてくださいましたよね。なんか人間的な関わりが、あの場にはすごくあったというふうに思います。
しかもそれを崇さんや美佳子さんが、自宅という日常的な場でやっているという……僕らにとって、そこは日常の暮らしの場ではないわけですが、そこもある種、新鮮味を感じるというかところでした。新鮮味というか、ギャップというのかな?静謐さがある場なのに、家とか子どもとかっていう日常性がそこにはあり。「まずは話を聞かせてください」とやっていたのに、朝はめっちゃアートの話を始めるみたいな(笑)。そういうものが入り乱れる独特さ、あのバランスはあそこにしかないなと思いますね。
■唯:崇さんの個人的な感情とか経験とか、「いや、自分はこう思うんですよね」みたいなことも話してもらえて。人間的なやり取りがあるうえで真剣に聞いてもらえたのが心地よかったな、と思います。
■航:あとは崇さんがアーティストの在り方の話をしている時に、美佳子さんがご飯を運んできてくれて、「いや、でもそんなんじゃなくていいじゃんね?」みたいなことを崇さんに言われたんですね。それに崇さんは反論をして。何の反論だったかちょっと明確に覚えてないんですけど(笑)。そういう意味で、崇さんだけの場じゃないっていうのも、僕にとっては面白かったですね。主催者が反論されるという(笑)。そしてそこからも対話が広がってくるみたいな。あれはひとつの豊かさだと思いますね。
■唯:確かに崇さんが対話をすすめて、美佳子さんが時折、ふっと、なんか抜いてくれるみたいな。美佳子さんのふっという感じに救われた部分があったなって思います。お二人に違う側面があって、その両方が組み合わさってる時間が楽しかったですね。
インタビュー実施日:2026年1月11日
聞き手:岩瀬崇(あわ居)