体験者インタビュー集

 

vol.2

Dさん(匿名希望)

30代女性(2022年現在)

2021年4月に「ことばが生まれる場所」を体験

 

 

 

Dさんにとって、あわ居の「ことばが生まれる場所」はどのような場でしたか? 

 

どんな場だったか・・・。まずはとても居心地の良い時間でした。 美佳子さんがモロッコに行かれていた時の体験談はよく覚えていますし、喋り口調に特徴がありますよね、まずはそれにすごく癒されました(笑)。

あわ居に行ったのは、それまで住んでいた東京から実家の静岡に帰ってきたばかりのタイミングで、とても混乱していた時期です。対話の中で色々な言葉を頂いたことで、中間のグレーな感じを受容することができました。それまでは白黒はっきりさせなきゃという焦りとか、自分を責めてしまう所があったんです。でも、白でもなく黒でもない、グレーで OK っていう所を、あわ居の時間を通して自分自身に許せた感じがありました。許容範囲が広がった気がします。

 

あわ居に行った頃は、都会の私と、田舎の私という感じで、分離していたんです。都会でキビキビ働いている自分と、生活環境が全く違う大自然の中で暮らしている自分。その2人が存在しているような感覚がありました。あわ居の時間を通して、あいだのグレーのところでちゃんと一つの自分自身になれている感覚や、離れかけていたところが一つの塊になってくっついてくる感覚が生じたことをよく覚えています 。

 

でもそれがどんな言葉がきっかけだったのかまでは覚えていないんですよ(笑)。でも確かにあったんです。夜に私が話したことを踏まえて、次の日の朝に、崇さんが、「昨日の夜におっしゃっていたのって、こういうことなのかもしれないですね」って言ってくれて。その言葉がとても印象的で・・・。でもそれが何か思い出せません(笑)

 

 

ー私が覚えている範囲だと、静岡にひとりでお店を開かれている人がいて、Dさんが静岡に移ってから、何回かそのお店に行ったという話をされました。その人は移住者で、まちづくりにも関わったり、自分の意志で実践をしている人なんだということに言及されていて。その場所が気になってるという話をされましたよね。

一方で、Dさんが東京にいる時に、すごく友達に恵まれていたという話もされていました。仕事のリサーチも兼ねて、休日はいろんな場所や店に行くのが好きなんだという話も。でも、静岡に帰ると、東京の時の友達はいないし、お店も東京よりは少ないから、静岡ってどうなんだろうなと思ってしまうという話をされていたと思います。それらを踏まえて、もしかすると環境に左右されている部分があるんじゃないかっていうことを仮説として投げた気がします。先ほどのお一人でお店を開かれている方のように、自分がそこを面白くするっていうモチベーションで日常をすすめていくというよりは、既に周りにあるお店とか場所とか、周りにいる人といった環境要因に、自分の面白さを委ねている傾向があるのではないかと。

 

 

たしかに。そんな話をした気もする・・・(笑)。あ、でも今の話でちょっと思い出したことがあって、あの時そうやって言ってもらって気付いたからか、今だと環境に左右されない自己生産型の人になっているんです。あわ居の後のこの1年を通して・・・。なんだろうな・・・。多分私、もともとが自己生産型の人なんですよ。ワクワクすることや楽しいことを自分で作る人間。ただあの時期はそうじゃなくなっていたのは覚えているんです。メンタル的にも体力的にも、かなりどん底に下がっていた時期だった。

 

周りの環境の影響をモロに受けやすい時期だったんですね。自分からは何も出てこなくて、周りが面白ければ面白くなるし、周りがつまらなかったら自分もつまらなくなる。その時は自分が自己生産型だったことすら忘れてるんですよね。あわ居に行ったのはちょうど1年程前ですが、明らかにそこが一個転機になっている感じは確かにありますね。

  

あとは、あわ居のある石徹白の環境自体に、少しタイムスリップしたような感覚を覚えました。私が小さい時に見ていた、おじいちゃんやおばあちゃんの家みたいな風景。人口も少なくて外に出ている人もあまりいないし、世にも奇妙な物語に迷い込んだような感覚でした。自分の中で、都会か田舎かの二択しかなかったけれど、それとはまた違う世界に行ったっていう感じがしましたね・・・。

 

結局、過去に東京にいて、これから静岡に住んで、これからどうなるんだっていう不安が強かったんです。でもなんていうか・・・。「今を生きよう」ってなったんです。あわ居に行った頃の私は、ちょうど鬱病から抜け出す手前ぐらいのタイミングでした。外に出ることが、リハビリの一環みたいに自分の中でなっていて。それまでは全部にやられちゃうんですよ。情報が入ってくると、それにメンタルがやられてしまうから、テレビもつけれない。外を歩いていても、街の看板一つにやられてしまったり。ドラッグストアにも行けませんでした。そのぐらいメンタル的に落ちていたんです。なので環境に左右されやすい部分が、すごく色濃く出ていた時期だったと思います。

 

あわ居に行った以降の話で言うと、とりあえず目の前のことをやってみるとか、今を生きてみる、朝起きて今日一日を生きるということの繰り返しをしていました。例えば、あわ居に行ったのは、私の誕生日のすぐ後だったのですが、その年の誕生日は部屋にこもって、ただ時間が過ぎていくだけの誕生日だったんです。だから、今年の自分の誕生日は、とにかく周りに感謝を伝えたいと思った。それまでダウンしていた時期が長かったから、34歳になることが出来たことへの感謝の気持ちをみんなに伝えたいなと思って、住所が分かる人みんなに贈り物を送りました。

 

しかも、ただプレゼントを選ぶのではなく、いま自分がこの土地にいるからこそできるプレゼントを選んだり、手紙が84円で送れることを踏まえて、84円で送れる範囲の贈り物をするといった形で、縛りを設けた。そういう時間が1番楽しくて。でも、私はもともとそういう人間だったんです。それを忘れていました。そういうのを必死でやっている時間って、周りの環境も関係ないし、場所も関係ない。ただ自分ありきで、自分から全部がポコポコポコポコ生まれてきているんですね。そういう時間が続けば、都会だろうが田舎だろうが、場所は関係ないなと。誰と一緒にいるとか、朝とか夜とかも関係ない。だから、そういう時間が続けば、居心地の良さも続いて、場所も関係なくなるんだろうなという感覚がそのあたりから出てきました。

 

 

なんというか、そういったものは、すぐに切り替わるわけではない気がします。自発的に働きかけたり、意識的に自分でやってみたり。試行錯誤を繰り返した部分がきっとたくさんあったということですよね・・・。

 

 

そうですね。やらなくても生きてはいけるけれど、やった方が面白いだろうなって思うことに対して、最初は腰が重かったです。環境にやられているだけの状況が続いていました。そこから自分でアクションを起こすのって、エネルギーがいるんです。でも1回ちゃんとエネルギーを持って、アクションを起こせば、めちゃくちゃ必死になってきて、それが楽しくなってくる。その繰り返しや積み重ねが、メンタル的にもすごくリハビリになっていきました。ちょうど1年前のひどかった時期から比べて、今はだいぶ元の自分に戻れているなぁっていう感覚があるんです。

 

もともと友人には12月頃にあわ居をおすすめされていたんですけれど、あまりにその時は体調が悪くて、一人で出歩けない状態でした。だから、外に出れるようになったら行くね、と。それで4月にあわ居に行けたことは、自分の中では、「旅が出来るほど、元気になったんだなぁ」っていうのは一個あったんですよ。すごく信頼している友人からのおすすめだったから、私としてはなるべく早く行きたくて。やっと外に出れるようになって元気になった、その最初の行き先があわ居だったんですね。だから やっと外に出れるようになって元気になった、その最初の行き先、スタートがあわ居だったんです。そのスタートからちょうど今で一年経つんですけど、今めちゃくちゃ元気なんですよ(笑)。スタートの入りとしては、すごくいい時間だったなと思っています。

 

今思い返すと、あの時は、いろんなことが意識できていなかった。今になってみれば、過去のこととして、客観的に見れるんですが、当時は視野が狭くなっていました。「なんでこうなってしまっているんだろう」って常に自問自答。一人で考え込んでしまっていた。どうしたら良いんだろうって。自分を好きになろうと思って、毎日自分自身と対話をするんですが、結局相手が自分だからうまくいかないんですよね。なかなか周りの友達にも言いづらいのもあって、話を聞いてくれるのは一人の友人と母くらいでした。そういう時期だったから、あわ居に行って、素直にわーって出てくることを否定せず聞いて頂けて、それを踏まえて、全然違う視点から客観的に話を投げてもらえたことが、とても大きかった。

 

 

ー考え方の広がりのようなものがあったということでしょうか

 

 

そうそう、それです。その時は特に意見や感情が偏りがちだった。自分の中だけだと、引き出しも少なくて、すごく小さな世界の中で考え込んでしまっていた。あわ居での時間では、直接的に何かぐさっと刺さったっていうよりかは、丸く包み込んでくれるような感覚があったことをよく覚えています。あとは、対話の中で、私に全くない視点をいくつも投げてくれた。前の日の対話を踏まえて、一晩崇さんと美佳子さんが考えてくれて、「昨日お話されていたのって、もしかしたらこういう可能性もありますよね」と、全く違う角度からの投げかけを、朝にしてくれたんです、そこから一気に話が膨らんでいった覚えがあります。

 

 

ー同じ事実や同じ状況が目の前にあるはずなのに、「これってこういう考えもできませんか?」とか、「もしかするとこういう意味合いがあるのでは?」といった形で、解釈に幅が出てくる中で、対話が深まっていった。

 

 

そうですね、直接的にグサッと刺さるっていうよりは、崇さんや美佳子さんが共有してくれた内容を、私も客観視できる空間でした。自分のことを、引いて見ている感じですね。引いて見れるのが、その時の私にはすごく大事だったし、有難かった。だからこそ、理解できることがありました。それまでは、自分自身で完結していたんです。たぶん家族や母に相談して、私が「こう思ってるんだ」って話をしても、良くも悪くもまっすぐ刺さってくるんですよ。私の自己内での対話の範疇をそんなに超えないというか。話を聞いてもらったり、話を投げてもらうことに嬉しさはあるんですが、視野の広がりはないんですよね。

 

でも、あわ居では、初めてお二人にお会いしたこともありますが、話を聞いてもらって、そこから返ってくる言葉の解釈の角度が異様に広いんです。だから私も返ってきた言葉をキャッチして、ちゃんと離れたところで、自分を理解できる。特にその時期は、私にとっては周りで起こってることが直接刺さってきて痛い時期だったから、あまり人と喋りたくなかった。でもあわ居での時間は、他人事として自分のことを見れていた感じがあった。その中で話した内容が、自分の人生経験の中では、聞いたことのない解釈や例えばかりで。突拍子はないんだけれど、でも納得感もあって、それを受け入れるのが心地よかったんだと思います 。

 

例えば、崇さんが投げてくれた言葉に対して、それが私のことではないかのように、自分で茶々がいれやすかったんです。ツルツルの球体みたいなものを崇さんが投げてくれたとしたら、それって立体で360度どこからでもつつけるから、それに自分で茶々をいれる感じでした。私は基本的に、自分のことを一方的に喋るのは得意なんですが、誰かと一対一で対話して、キャッチボールのようにするのって、慣れている人とは出来るけれど、苦手意識もあるんです。語彙力もないし、言葉の選び方も下手ですし。相手の話を聞くことや、投げてくれたものに対してキャッチして返すということに対して、すごくコンプレックスがある。だから会話も止まりがちなんですよね。自分の中で思考が停止しやすい。

 

でもあの時はスラスラ話せていた。崇さんと美佳子さんと私の三人で、ちゃんとキャッチボールが出来ていた覚えがあります。自分一人では出てこなかったようなことがたくさん出てきた。「もしもそうだったら」と仮定して、そこに対して自分やみんなで茶々を入れる。すると、違う視点での自分が出てきて、うまく受け答えが出来ている感覚がありました。自分の内側だけを向いていたのが、少し解放されて、ほぐされていく感じがありましたね。

 

うつ病の期間が半年から1年ぐらいあったんですが、その前はもともと楽しいことを、自分で発見する人間だったんです。でも、うつ病の期間に、視野が一気にぎゅって狭くなっちゃって。それであわ居に行って、対話して、ちょっとほぐれて、解放されて。そこから今に至るまで、ちょうど一年ぐらい経ちますが、前の自分に戻ったんじゃなくて、またちょっと違う自分に更新したような感覚がありますね。元の自分を取り戻したっていうよりは、少し違う自分に進化したように思います。あわ居での対話を通して得た気づきは、多分その前のうつ病期間の所がないと発生していない。そう考えると、うつ病期間にすら感謝が出来るんですよね、自分の人生単位で見た時に、「なって良かったなぁ」って。

 

性格面でいえば、元々すごく人見知りの赤面症だったり、周りの目を気にしやすい傾向を持っていましたが、今はいい意味で、前よりもどうでも良くなって、サバサバしています。輸血でA型からB型に入れ替わったぐらいの変化がありますね。それが嬉しいし、良い変化だなと思っています。住む場所に対しても、都会にいた時は田舎がいいなぁって思うのに、いざ田舎に帰ってきたらやっぱり都会が良いなぁと思うっていう感じで、ないものねだりをしていた所が前はあった。その結果、自分が分離してしまっていた

 

でも、今は割とどこでも良いし、どっちでも良いやって。それはちゃんと軸が自分に戻ってきたからなのかと思っています。そういう意味でも、前にあった恐怖心や、こだわりのようなものが、いい意味でなくなってきているなっていう感覚がありますね。自分の芯がちょっとずつ太くなってきている。平たい言葉ですが、自分を好きになってきている。あ、そうだ。あわ居に言った後に、自分の中から出てきた名言があるんです。「私は私であることが何よりラッキーなんだ」っていう言葉が出てきたんですよ。自分は自分のことを責めがちだったんですが、私がこの私であるっていうことが、一番の幸福なんだなってことに気づきました。

 

 

ー受容度が高まったというか・・・。良い意味での諦めなのかもしれないですけれど。

 

 

いや、ほんとそうなんですよ。 肯定的な諦めなんだと思っています。でもそれが出来ると、心が楽になる。そういう所まで今来ていますね 。自分自身や過去に対して、良い意味で仕方ないとか、肯定的に諦めるってことを覚えた気がします。そう思うとだいぶ進んだなぁ。あわ居で対話した時間は、こうやって確実に発酵されていった感じがしています。発酵され切った結果、もう思い出せなくなってきている(笑)。私にとっては、思い出せないっていうのは、あまり悪いことではないんです。あわ居から帰ってきて、対話の内容を踏まえて、実際に意識して行動して、一年経って、今はもう発酵されきって浄化されて、忘れている(笑)。だからそろそろまたあわ居に行こうかなと。それで1年ずつ積み重ねていきたいぐらいですね。

 

 

インタビュー実施日:2022/5/2 聞き手:岩瀬崇